歴史道(岐阜県明智町)



ひところ、各市町村で盛んに「おらが町」といったその地方独自のアイデアで、町お越しが全国的なブームになったものだ。最近はあまり耳にすることもなく、熱がさめたのか、一過性のものであったのか…。
勿論成功した町もあったろうと思うが、むしろ失敗した町が多かったのではないかと思う。成功したところは新規アイデアではなく今まで下地があったものをブームに乗ってうまく取り組んだことが成功しただけのことで、新規での町お越しはかなりのエネルギーを必要とし、そのプロセスにおいて成果が出ないと人々の町起こし意識が希薄となることが最大の失敗の要因となるのであろうと考えられる。このような事を考えていたのは、今回、岐阜県明智村の大正村に行った時、思いもかけず実直な村お越しを体験したからである。それはのち程語るとして、以前愛知県有松の旧東海道沿いに建てられた江戸、明治時代の美しい商家の家並みを見た時の感動は忘れがたいものであった。四年ぶりに機会があって訪れた時、町並みは以前と変わらないものであったが、街道は車の洪水のため当時の風情は完全に失われ、行き交う人もまばらとなりその趣は変わり果ててしまった。。変貌する町並みの光景は都市に近い程破壊が進み、都市開発と共に由緒ある地名も変わり、その町の歴史、文化を失っているのである。
余談であるが最近はレトロブームといわれ古き良き時代をなっかしむという事であろうが、失われたものを復刻して商売としている光景を見かけるが、駄菓子屋を例に取ると、今の子供達のための商品なのか、大人たちへの郷愁として物を売ろうとしているのか解らないが、駄菓子屋のコンセプトが全くなっていないのには驚く。もともと駄菓子家は戦争未亡人とかおばあちゃんが家の軒先きでほそぼそと近所の子供達にお菓子を売っていたもので、お菓子を買う行為とともに子供達の社交場でもあったし、子供達とおばあちゃんとのふれあいの場所でもあった。その結果、我々は駄菓子屋には、商品を買った以上の忘れがたい思い出として残っているのだ。その人と人との触れ合いを無視して品揃えとレトロ感覚の店造りだけというのでは片手落ちである。結果としてお客様は懐かしい商品にはそこそこ満足するのだが、現代のお菓子やおもちゃに比べあきらかに質が落ちる駄菓子屋の商品に、なんだこんなものだったかなぁと思うようになり、その商品価値を失う事となるのである。
旅も同じである。その土地の風習や習慣が人々の暮らしにどのように生きづいているのか、触れあう事によって知り、その地域の違いが旅を一層楽しいものとしてくれる。そして触れあう人間の温かさによって私の心はいつも癒されるのである。

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明智川

八光館跡明治の役場跡

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